《コラム》05 「煉瓦とコンクリート」

投稿日:2014.07.09

 

直焚きの風呂釜をつくった。我が社でも初めての仕事であったのでノウハウがない。そこで風呂釜づくりのプロであるベテランの左官職人に来てもらった。まずは煉瓦を積んで火を焚く釜をつくるところから始める。「釜の底は平らにせずに少し丸みをつけると良く火が燃えるんだ」なるほど、流石に職人の知恵には納得させられる。さらに煉瓦を積んで浴槽を載せる台をつくる。

「煉瓦はコンクリートより長持ちするからもっと煉瓦を使ったらいいのに」

この言葉にはっと気づいた事がある。

 

 

山陰線の鉄道の歴史をみてみると、日本海に面した急峻な地形の線路には鉄橋やトンネルがたくさんつくられており、それを支える橋脚やトンネルの坑口の構造物は煉瓦でつくられている物が多いのだ。理由のひとつとして、その当時は道路が今のように整備されておらず、またトラックで荷物を運ぶ時代ではなかった。海岸線を走る線路を作るために船で煉瓦を運んで近くの海岸に荷揚げをして、そこから人の手によって運ばれたのであった。その煉瓦を一つ一つ人の手によって積み上げて構造をつくってきた。それから約百年が経っているが今も問題なく現役で使われている。

 

「夢をのせてひかりは西へ」のキャッチフレーズで建設された山陽新幹線。
圧倒的な機械力と物量作戦で急ピッチにつくられて夢を実現した。それから四十年経った今、短期間に大量の資材が必要であった為に粗悪な骨材を使用し製造されたコンクリートの強度不足、中性化等の問題が発生。そのために、莫大な費用を投入してその延命措置が講じられようとしている。この二つの事例を比較対照した時に、風呂釜をつくってくれた左官職人の言葉が浮かんでくる。如何に早く、如何に安くつくるかを考え、効率を優先している現代のものづくり。そこに文化があるのだろうか。

 

日本設計の創始者である、池田武邦さんに文明と文化を対比して考えることを教わった事がある。文化は伝承していくものであり、常に新たなものを創造していく文明とは違う。文化は足るを知るものであり、とどまるところを知らない 欲望ではない。近代化を進めると人の感性が失われていく。
伝統的な仕事が出来る職人の文化が残るこの但馬丹後の地で、ものづくりが出来る幸せを感じ、それを生かし、後世に伝える仕事をする使命感を感じた一言であった。

 

 

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煉瓦を積んだ土台に浴槽を載せる。
熟練の勘と技が必要だ。

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