《コラム》16 「田植え」
苗が来た。農協に頼んでいた育苗箱が軽トラックで配達されてきた。待ちかねていたように一斉に田植え機のエンジン音が響き、あっという間に早苗が整然と植えられていく。苗は地区毎に配達日が決められていて、農家の人たちはこの日を照準にして田植えの準備をしてきた。農家にとって一年で一番忙しい時期であり、一番大きな行事といってもよい。専業農家はもちろんであるが、ほとんどは兼業農家なので休日は朝早くから一家総出で田んぼに出て土を耕し、水を張り、代掻きをして圃場を整えていく。トラクターや、草刈り機、田植え機などの農業機械をフル活用して会社勤めの間の貴重な時間を割いて行う。
一年のうち数時間しか使わない機械もあるが、それでも農業に機械力は重要である。しかし、たまにしか使わないので故障することが度々ある。田んぼの真ん中で動かなくなったら今日中に終える予定の作業がストップしてしまう。困った! ここで頼りになるのが農機具屋さんである。この頃は携帯電話を持って農作業をしているので電話をすると機械屋さんは軽トラックに乗ってすぐに来てくれる。 私の住む隣村に高齢のエンジニアがいる。その方は長く地元の農機具店に勤めておられたが定年になり退職された。その後も自宅の納屋で機械修理をしていて、これまでの馴染みの農家に頼りにされている。家に電話をしてもおられない時には、その方の田んぼまで行って呼び寄せる。田植え靴を履いたまま修理に来てくれる救急医のような存在である。修理となると筆箱くらいの工具箱を持ってきて簡単に直してしまう。普段、通りがかりの時にでも機械の音を聞いただけで「そろそろ部品を変えた方がいいですよ」と言ってアドバイスしてくれる。なくてはならない存在である。 田植えが終わった田んぼを見ると実に気持ちがいい。休日を利用して一気にこなした作業は疲労困憊であるが、整然と植えられて風にゆれる早苗を見ると達成感がある。そして、泥で汚れた農機具をきれいに洗って倉庫にしまうと、今年も無事に田植えができた事への感謝と、何とも言えない充実感が湧いてくる。 米は買って食べた方が安く上がるという人がいる。経済観念だけを考えれば確かにそうかもしれない。しかし、汗を流して一生懸命作った米は格別である。作った者にしか分からない喜びがあるのだ。そう自分に言い聞かせてオンボロの農機具を直しながら来年も米を作ろうと思う。 5月下旬、この辺りでは少し遅めの田植えである(豊岡市にて)