《コラム》17 「蛍」
田植えが終わり、梅雨入りの季節を迎え早苗が分糵を始める頃、夕闇に蛍が飛び始める。この蛍の光が飛び交う情景はなんともロマンチックである。忙しなく田植えをした時期から間もなくやってきて、暑い夏の季節までの間の過ごしやすい時期に蛍の飛び交う様を見ていると、心が安らぎ、まさに幽玄の世界へと引き込まれていく。
一時期、蛍の数が減った頃があったが最近は増えてきているように思う。その大きな要因は川の水質が良くなってきたことではないだろうか。下水道がいきわたり、家庭排水が放流されなくなってきた事が大きな要因かも知れない。水質が良くなると蛍の個体を増やすために必要なカワニナという貝が増える。きれいな水を好むカワニナは蛍の幼虫のエサとなり、幼虫生活の九か月間、口から消化液を出してもりもり食べる。成虫になって地上に出てくるとエサは全く食べずに夜露をなめて一週間程で死んでいく。川の水は飲まず、幼虫時期に食べたカワニナの栄養分を消化しきった時に死んでいくのである。そのはかない一生と、小さな虫が夕闇にひかり舞う姿が相まって何とも人の情感をくすぐる。
蛍に何か特別の感情が存在するのはこんな切ない生体に感情移入してしまうからなのかも知れない。蛍を題材にした歌や映画などに明るく賑やかな作品はない。卒業式で今は歌われなくなっているのかも知れないが、「ほたるの光」を歌い涙して友と別れた記憶は一生忘れることはない。NHK紅白歌合戦のエンディングには必ず歌われている。映画「火垂るの墓」はさらに悲しい物語である。太平洋戦火の下、親を亡くした十四歳の兄と四歳の妹が終戦前後の混乱の中を必死で生き抜こうとするが、その思いも叶わずに栄養失調で悲劇的な死を迎えていく姿を描き、愛情と無情が交錯する中、蛍のように儚く消えた二つの命の物語である。
こんなセンチメンタルな事を話しても今の若者には受け入れられないかもしれない。今の日本は平和なのである。これからも蛍の生息領域が広がり、この平和と環境がいつまでもつづいていく事を願わずにはいられない。
夜になるとふわりと光り飛ぶ蛍。
田舎の初夏の夜はとても豊かである。